ケーキのワダカマリ


今日、ナチュレ ナチュール の お気に入りのケーキ“M”を食べた。



以前にも載せた写真をもう一度。写真撮るの忘れて食べちゃった。
これは本当に美味しいlovelove





小さい頃のケーキの思い出。

高校卒業して家を出るまで、家でケーキを食べたことがなかった。
うちは母子家庭で私は明治生まれの祖母に育てられた。
母は仕事の鬼で家庭をかえりみることはなかった。
「家族サービス」なんて言葉は存在しなくて、子供は「子供の分際で」という育てられ方をした。
勿論、誕生日やクリスマスなんていうイベントもなかった。
子供心に「お母さんは忙しいし、まっ、こんなもんかなー」と諦めることを早々と覚えたが、
時々よそのうちでご馳走になるケーキを誕生日に食べてみたいと思っていた。
ある歳(小3頃)の誕生日に「ケーキが食べたい」と言ってみた。
母は「セイユーでショートケーキでも買ってくればいい」と言ってニヤついていた。
何故ニヤついていたのか。母は意地悪な人でもあった。
結局、それ以上はねだらなくて、その時以降もねだることはなかった。


しこりは残った。


家を出て、一人暮らしを始め、私は友達や恋人とたまにケーキを食べるようになって、
しみじみと幸せを感じることができるようになった。




時は過ぎ、
母は64歳(私は31歳)で大腸癌が発見され、69歳で死ぬまでに何度も入退院を繰り返した。
危篤は5回位あった。そのたび大騒ぎだった。

初めての大きな手術が無事済んで、退院時、私は病室にケーキを持って行った。
小ぶりなケーキを何種類か買っていって好きなのを選んで貰おうと思っていた。
私も一緒に食べたかったので6種類位買ったような気がする。
「はい。退院祝い。」と差し出したケーキに母親は大喜びで飛びついた。

私が食べたかったケーキに手を伸ばしたので
「それ半分頂戴。このケーキと交換コしよう。」と持ちかけたが、
母はキッパリ「イヤ」と断り、そのケーキを一気食いした。
私は唖然とした。
いや、そういう人だとわかっていたけれどね。

一心不乱でケーキをパクつく母の姿を見ていて、なんだか私は可笑しくなってきた。
私の心に随分長い事あったワダカマリが消えていくのがわかった。


いつの間にか私の目の前にいる母親の姿に私の小さな頃の姿が重なり、
私は母の目線で我が子を見ているような感覚にとらわれた。



小さな頃に親子間で生じた “しこり” って、親は意外と覚えていないもんだ。
だから今更「あの時、私は傷ついた」と抗議したところで、なんもならん。
何かしらの形で報復しようとしたところで、本当の意味で傷は癒えない。


自分が親にして貰いたかったことを親にしてあげたことで、
しこりが消えるなんて想像だにしていなかった。
驚きだった。


母の5年間の闘病生活は、しんどいことが多かったが、
これはとっても幸せな思い出のひとつ。




母親が生きている間に
幸せにひたれる思い出が作れて良かったって思ってる。



では。



 

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