銀チャン

 

 

 

銀次郎を御殿場のインターチェンジ近くにある先進医療で定評のある動物救急医療センターに連れていったのが17日の夜。
その場で即入院、即手術。三島の自宅に帰宅する途中で携帯に「心肺停止しました」と連絡が入り、慌てて病院に戻ると銀チャンは手術台の上で既に冷たくなっていた。

 

 

 

尿道がつまっていた、と獣医の説明を受け、むしろ尿がだらだらと出ていたんです、とこちらが言うと、
「尿道は閉塞していても脇から漏れ出ていたんでしょうね。その状態では半日でこうなってしまう猫もいます」と言われた。

 

こんなにあっけなく銀チャンが死んでしまうなんて思っていなくて、
今でも頭の中にもやがかかっているような気がする。

 

 

 

 

私はずーっと「我が家に来た猫は皆ラッキーだ」って思っていて、
それがこのザマかよ、お前はセラピストのくせに自分のとこの猫の一匹も救えなかったのかよ、自分のやらかした不始末の顛末を見てみろよ、と現実を突きつけられて、
ただただ「ごめんね、ごめんね、銀チャン」としか言えなかった。

 

 

このコは極度の怖がりで、

ほんの些細なことにでも不安のあまり「シャーッ」と牙をむく様は、飼い主として見てとても辛かったので、

なるべく病院には行かずに済むよう、だからホメオパシーを活用していた。
銀チャンは幸いなことにずーっと健康優良児で来ていて、

しかもこの1ヶ月程(Ars.の10Mを摂って以来)は今迄に見たこともない程調子がよく、

まるで仔猫の頃のようなあどけなく若々しい顔つきで他のニャンズとよく遊んでいたし、

ご飯も食べてウンチも問題なくて、
「なんだか様子が変だ」と感じても、

「今週末には他の猫の用事と一緒に動物病院に行って、一度レントゲン写真でも撮ってもらってみよう」とおとーと話していたところだったので

「もう少しこのまま様子を見ようか」と思っていたら、もう手遅れだったのだ。

 

 

 

自宅に連れ帰ってきた銀チャンの亡き骸を私のベッドに置き、私は二晩添い寝した。
身体は硬く冷たくなっていっても肉球も耳も柔らかく、毛並みはすべすべしていて、
「悪い夢を見ているのかもしれない」とか「ひょっとして動き出すんじゃないか?」って思えてきて、
銀チャンの両前足を強く握りしめた私の手の脈動をドクドク感じるのが、まるで銀チャンの生きている証のような気もしてきて、
だから私はずっと銀チャンの前足を握って、引っ張ったり揺すったりし続けていたら、
前足だけ死後硬直はしなくて、火葬するまでずっとくねくねと柔らかいままだった。

 

 

私は自分にこんなパワーがあったのかと思える程号泣して、そして疲れてしまった。

 

 

 

 

 

そして私はやっとアタマを使い始めた。

以前、あるスピリチュアルヒーラーから、うちのニャンズは「皆、次は人間として生まれてくるよ」と言われたことがあった。
猫(飼い猫)の幸せって飼い主次第だし、
うちのニャンズの来世は、苦労はあっても自分の力で幸せをつかむことの出来る人間として生まれて欲しいと私も願っていて、
だから銀チャンも次は必ず人間のハズ。

 

 

 

私は何よりも何よりも次の “生”(来世) で銀チャンが幸せになって欲しい。
人間1年生で色々大変なことがあるだろうけれど、沢山の幸せに包まれて欲しい。
私の謝罪の声なんて届かなくていい。私のことなんて忘れてくれて構わない。
幸せになってくれさえしたらそれでいい。
私の「ごめん」なんて叫びは、私が自分自身に対して許せない怒りを銀チャンにぶつけているだけに過ぎない。
銀チャンは「もういいんだよ」ってとっくに赦してくれているに違いない。
私のことが大好きだったんだから。

 

 

 

 

 

火葬前夜、私は銀チャンの亡き骸や銀チャンの魂に向かって「幸せにね。幸せになってね」と念じ続けていて、
でもこれって効果あるのかな?と疑問に感じた。
「思いは通じる」って言うけれど、私はそれは「そういう時もあれば、そうじゃない時もあるよね」って考えでいて、
だから私のやり方が間違っていたら、手段を変えなくちゃならない。
こういうことはおとーがよく知っているので翌朝訊いてみた。

 

「通じるよ・・・相手が経験を積めばこちらの思いをわかってくれる」
「通じるだけじゃ嫌なの。ちゃんと幸せになってくれなきゃ。私のやっていることは効き目がある?・・・うまく言えないけれど・・・」
「人はね、自分が持っているものしか与えられないんだよ」

 

 

 

 

あー、そういうことね。

 

 

 

 

 

今の私が銀チャンに与えている(というかぶつけている)のは
「悲しみ」や「寂しさ」や「悔い」や「自分に対する怒り」ばかりで、
これじゃあ銀チャンは幸せになれない。

 

私の持っている良いものを与えて、それを来世で活用して幸せになって欲しい。
・・・・私の持っている「良いもの」ってなに?
明るさとか、おおらかさとか、ある種の逞しさとか・・・?(こんなときによく言うよね)

 

そういう気持ちを銀チャンに伝えていけばいいんだね。
そして「銀チャンと一緒に居て幸せだった」っていう思いを銀チャンに投げかけていれば、

銀チャンは来世できっと幸福感に包まれることができるに違いない。

 

 

 

 

 

・・・・っていうか、
私のやろうとしていることって『親の仕事』だよね。
そのコがそのコの人生を幸せに生きやすくするために、良いものを与えてゆく。
そっかー、銀チャンは子育て経験のない私に「親の真似事」をさせてくれようとしているんだね。やっぱり銀チャンは良い子だなー。

 

 

 

 

 

思えば、10年前に母が大腸癌で亡くなった時も後悔しきりだった。
「ああしておけば良かった」「こうしておけば事態は変わったかも」ってそんなんばかりで、
「全てひっくるめてその人の寿命だったんだ」と割り切ることが出来るまでに何年もかかった。

嫌いな母親でさえ何年もかかったのに、
大好きな銀チャンに対してそんな思いを抱けるまで一体何年かかるんだろう、って最初は思ってた。

でも私にはやることがある。
銀チャンを幸せにしてあげなくちゃならない。
しっかりしなくちゃ。

 

 

 

 

 

 

 

私は今回のことでホメオパシーでの治癒とはどういうことかが本当にわかった。
ホメオパシーはレメディを摂った者の健やかさを最大限に引き出すことは出来ても、

死を回避することは出来ない(「健やかさ」=「生を保つ」ということは勿論あり得る)。
むしろ『死』というゴールを確定したまま、死に至るまでの自然な道筋をラクにさせてしまうので、

その流れの中で病のサインが見えにくいこともある。

ポックリ逝くことは誰しもが願うことではあるが、

それを実際受け入れられるかどうか、となると愛する者にとっては話が別。

 

 

 

 

 

 

 

 

隣の沼津市に移動火葬車によるペット火葬・葬儀を執り行っている会社があって、
銀チャンの火葬はそこに頼んだ。
2時間程の火葬の間、部屋の掃出し窓から立ち昇るかげろうのような煙を眺めながら、おとーと喋っていた。

 

 

「ホメオパシーをしないほうが良かったのかも。その方が長生きできたんじゃない?」という私に、
「多少発見が早くてもやはり治療は大変だったと思うし、何度も再発を繰り返して苦しい思いをしただろうし、早く人間に生まれ変われるのは悪いことじゃない」

 

おとーの言葉は真実半分、慰め半分なのだろう。
そんな言葉で心が軽くなるほど、私は素直で可愛いバカな女じゃないけれど、
おとーの気持ちは受け取っておくよ。

 

「大事なことはArs.を摂って彼の問題が解消されたってこと。きっと次の人生がラクになるよ」と続けるおとー。

 

あー、そうだった。そういうことだった。
解消されない限り抱えていた問題は次の “生” に持ち越されるんだった。

 

「銀次はきっと目のくりくりした可愛い男の子に生まれてくるよ」
「どうも男女交互に生まれ変わるらしいよ。銀チャンは次は女の子だよ」と私。
「だったら凄く可愛い女の子だっ!」と笑顔のおとー。
「Ars.で解消されたといってもまるっきりArs.が消えるわけではないし、Ars.の子どもだったらきっときちんとした賢い子どもだろうだねぇ」
「サクセスしたArs.はきちんとしつけの行き届いた人が多いから、きっとそんなきちんとしたしつけをしてくれる家庭に生まれてくるよ」と太鼓判を押すおとー。

 

 

 

 

 

・・・とまあ、こんな風に銀チャンの死を夫婦でなんとか乗りこえつつある状況です。

 

 

 

 

一昨日あたりから喉元にずっと何かつかえているようで胸が苦しくて、
「これってIgn.(イグナシア)の症状だなぁ」とわかるのだけれど、
Ign.を摂って自分の苦しみを簡単にスコンと手離すことが自分で許せなくて
(こういう “情のコワさ” って私の短所だとは重々承知)、
時間をかけて自然に少しずつ癒えていくのを待つつもり。私には出来ると思う。

 

 

私はいつまでもメソメソ泣き続ける自己憐憫の強い女でありたくないので
(ということは実は私はそういうクオリティを持っているのかも(笑))、
だから大丈夫。

 

どうもお騒がせ致しました<(_ _)>
コメントを下さった方々、お気遣い頂き本当に本当に感謝です。

銀チャンが皆に愛されていたようで、凄く嬉しいです。
どうもありがとう。

 

 

では。

 

 

 

 

 

 

 


コメント
夏場の忙しさに溺れてチェックしていないうちに、銀次郎君が亡くなってしまったのですね。嘆きの深さ、伝わってきました。もう、少しは癒えたかと思いますが、愛する家族を失うのは本当に辛いですね。合掌。
  • 安曇野のシロクマ
  • 2017/08/28 3:05 AM
シロクマさん、コメントありがとうございます。
ええ、確かに大事な家族でした。
残る家族(おとーと他のニャンズ)を大事にします。
  • とりあたま
  • 2017/08/28 11:48 PM
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