ホメオパシーとアイデンティティ。その九。

 

 

 

まずはお詫び。
このシリーズ「アイデンティティとホメオパシー」でマックレパートリーを使っていましたが、
私のミスで情報量の比較的少ない『Kent's Repertory』で検索をかけていました。
最近二度ほどノートパソコンが吹っ飛んで、二度もこのソフトをインストールしなおしていて、
設定の確認をおろそかにしていたのです。どうもすみませんでした。
どうりで「目当てのルブリクスがないなぁ、おかしいなぁ」となっていたわけで、
今日からは『Complete Classic Repertory』の設定で検索します。

 

 

 

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おとーが今年初カットの理容室でお年賀の『土鈴』を貰ってきた。
「ほら、ネズミだよ♪」とてんまるココに少しだけ貸してあげた。

20200125お年賀の土鈴1

 

ちょいちょいしたり、紐を噛んでみたり、それなりに遊んだ。

20200125お年賀の土鈴2

 

落ち着いたてんまる

20200125お年賀の土鈴3

 

 

 

 

 

 

 

今観ているAmazonプライムのドラマ『ブラウン神父の事件簿』。

20200125ブラウン神父

 

 

肩のこらないコメディータッチのドラマで、毎日少しずつ観ている。
(面白過ぎると熱中しちゃうので、これくらいがちょうどよい)

 

 

 

 

 

 

 

ボーっと観ていてフト思った。

「あっちの人たちってすぐに神様に『おゆるし下さい』って言うけれど、何をそんなに謝らなければならないのかな?日本人だったら、神道は『祓いたまえ、清めたまえ』だし、仏教だったら・・・少なくとも『おゆるし下さい』ではないよね・・・」

多分『原罪』というものがベースにあって、日々の罪?からの救いを神様に祈っているんだと思うのですが、
「確か、遠藤周作が本の中でこのことで何か書いていたはず・・・」と又本棚をゴソゴソしていたら(最近、よくゴソゴソしている)目当ての本が出てきた。

 

 

 

 

『私にとって神とは』(遠藤周作著←「沈黙」を書いた人だよ)

20200125私にとって神とは

 

 

 

 

 

・・・の話の前に、
前回、「judge(ジャッジ、批判、非難)」とついて書いた項が、
あまりにもなんだか中途半端だったので補足します。
最後の日に裁かれる(「Last Judgment(最後の審判)」)という意識があるために、
キリスト教信者は「judge」に対して敏感なのではないだろうか、と私は考えるわけです。
タロットカードには『justice 正義』という大きなカードがあって、
女性の裁判官("judge")が天秤と剣を持っている絵柄なんだけど、
日本だったら『閻魔さま』になるのかな?
ちょっと一昔前だったら
「嘘ついたら閻魔さまに舌を抜かれるよ」
と小さい子へのしつけがあったけれど、今は絶対ないだろうなぁ。
また話が逸れちゃったけれど、
このカードの女性の裁判官が“罪の重さをはかる”天秤を持っているところが私は面白いと思うのです。
閻魔さまは“はかる道具”は持っていない。(Wiki読んだら“鏡”は使ったりもするみたいだが)
西洋人の方が「ちゃんと正確にやってくれよ〜」的な厳密な裁きを望んでいるってことなのかな?

 

海外では “法廷もの(裁判もの)Legal thriller” の映画やドラマがすっごく多い。
“裁く”&“裁かれる”ことへの意識が高いせいじゃないか?とも思うんです。
あちらは訴訟社会で弁護士の数もやたら多いっていうじゃない?
日本もそんな感じに近づきつつあるみたいだけどね。

 

 

 

 

そうそう、Nit-ac.(二トリックアシッド)の興味深い有名なルブリクスに
「Mind - Delusions, lawsuit; being engaged in a:」
(妄想 - 訴訟問題に関与している、…巻き込まれているというニュアンスかな?)
というのがある。3点の高得点でNit-ac.のみ!
常に不満で過敏で他者には敵意を抱きつつ自己憐憫の気質を持つこのレメディの特徴をよく表している。
思い出したので書いておきます。

 

 

 

 

 

 

で、本題に戻ります。

 

というか、すでに「アイデンティティはどこいった?」な展開ですが、
私はいいんです。覚え書きみたいなもんで、書いておくといずれ便利♪的に捉えていますが、
これを読んで下さっている方々、って

 

よっぽど変わってると思いますよ!

 

(何が楽しいの?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

んで、本題です。

 

そんでもって遠藤周作のこの本をパラパラめくっていたらありました。
キリスト教と日本人の宗教の「罪の考え方の違い」について。
簡単に抜粋してみます。

 

日本人の「ツミ」というのは、古代においては穢れ(けがれ)でした。
病気もまた「ツミ」であった。なぜなら身体を穢すことだったからです。
罪というものは穢すことである、善いということは清浄であるということである、
・・・というのが日本人の善悪に対する根本的な理念です。

 

清浄なことが善いことであるというのは、神道ではみそぎをしたり、
あるいは神社や神聖なる場所が、塵一つなく清められてことでも、よくわかります。
西洋の教会というのは、人々の靴で汚れ、鳩の糞で汚されていますが、
つまりそこに人間のにおいがあることを平気で認めますが、
日本では伊勢神宮にしろ、出雲大社にしろ、極めて清浄なところで、
まず清浄であるところを神聖な場所として考えます。

 

 

 

 

 

あー、これわかるような気がする。
かならずお参りするときは手を洗うしね、精進潔斎って言葉もあるし。
滝にうたれたり、も日本人好きだよね。←私はやったことないけれど、普通にお風呂は大好きだし。
スポーツ観戦のニュースで、日本人サポーターが観客席の掃除をしていたり、
フランスの街中で数年前から日本人がゴミ拾いしている、って記事も読んだことある。
確かに日本人のDNAには「ツミ」=「穢れ」、「清浄」=「善いこと」というものが刻まれているに違いない。

 

 

 

 

で、遠藤周作さんは3点に整理して書いてくれたんだが、

1、日本人は清浄でないことと存在の苦しみとを「ツミ」とか「罪障」と呼んだ。
2、生贄の考えはあっても、贖罪という観念が日本人の中に乏しいということ。
3、日本人にとって宗教とは、自分が自分に対する関係であって、人間が神に対する関係ではない。

 

この「3」が結構ヤヤこしいことが書いてあるので興味のある方は本を実際に読んで下さった方が早いんだけど、
日本人には「自己純化」の欲望はあるけれど、
キリスト教の救いというのは自分の存在を純化することではない、
神によって、またキリストを信ずることによって自分を聖化することである、
日本では「悟った人、悟りを得た人」を「聖ひじり」というが、キリスト教の聖人とは神の恩寵で聖化された人を指す、
とのこと。

 

そういえば、記憶にある最近のニュースでは2016年にフランシスコ法王がマザー・テレサを聖人であると宣言した、っていうのがあったっけ。。。

 

 

 

 

 

 

この日本人の「穢れ」の意識云々の記述の前に、

 

キリスト教で言う罪とは、簡単に言ってしまうと、自分が神になるか、あるいは神による救済を絶望することです。二つとも自分が神によって救われないということです。

 

と書いてあって、
あー、これルブリクスであるよねー、と、マックレパートリー(今度こそちゃんと『Complete Classic Repertory』で)

Mind; DELUSIONS, imaginations; christ, he is (3) : 3Verat., cann-i., sul-h.
(妄想;自分はキリストである)
Mind; DELUSIONS, imaginations; god, deities; he is; devil alternately, and (1) : 4STRAM.
(妄想;自分は神である。交互に悪魔にもなる)

Mind; DESPAIR; religious (25) : 2arg-n., 3Ars., 3Aur., 2calc., 2camph., 2chel., hell., hura, ign., 2kali-p., 3Lach., 3Lil-t., 2lyc., med., 2mez., nat-m., plat., plb., podo., 2psor., 2puls., 2stram., 2sulph., 2thuj., 3Verat.
(妄想;宗教に絶望する)

 

 

 

この3つを合わせて表で見てみると、

20200125repertory

 

 

 

 

はい、今回も3つを合わせる意味がありませんでしたね(笑)

 

(でも表にすると見やすいでしょ?)

 

 

 

 

 

 

あらためて、

 

『自分は神である』と思うのって『罪』だったんだー( ゚Д゚)。

 

宗教において狂気に陥りやすいStram.(『NASH'S TRIO OF MANIA(ナッシュの狂気のトリオ)』より)が4点というのも納得。
(・・・にしてもStram.はこのシリーズで登場率高いですね)

 

 

 

 

 

 

そして『神による救済を絶望する』という『罪』について。
2016年に「聖人である」と認定されたマザー・テレサに関する記事で、
2007年に『マザーテレサの遺品から信仰を否定する書簡がザクザク! 西側諸国騒然!!』というのがかなり話題になりました。
当時世界中で大きな衝撃を受けている、と報道されたのは、

 

「私はイエスを探すが見いだせず、イエスの声を求めるが、聞けない」
「自分の中の神は空虚だ」
「神は自分を望んでいない」
「自分は孤独であり、暗闇の中に生きている」

 

という「信仰の否定」ともとらえられる内容のマザー・テレサの書簡でした。

マザー・テレサはAur.(オーラム)の人であった、というのはホメオパシー界の通説で、
確かにAur.は宗教に絶望する筆頭レメディであるといっても過言ではないのだけれど、

 

 

『信仰に絶望する』って『罪』だったんだー( ゚Д゚)。

 

 

と私はマタマタ驚いたわけです。

 

日本人からしたら
「長く神にお仕えしていたらそんな時もあるよね」
と鷹揚に捉えられるのにね。

 

この記事が出た当時、世界中で大騒ぎになった理由がやっとわかりました。

 

このMind; DESPAIR; religious には宗教性の高いレメディが軒並み登場しています。
信じているからこそ、絶望するんでしょうねぇ。で、それが『罪』とされる。

 

 

キリスト教って厳しいね(;´・ω・`)

 

 

 

 

 

 

 

というわけで、今日は全然アイデンティティからは外れた内容でした。

 

 

 

 

おとーが、
「おみっちゃんが知りたいのは、ホメオパシーの言葉のひとつひとつっていうのは何を意味しているの?それは日本人が考えている意味とは違うんじゃないの?ってことでしょ。だからidentityにこだわっているわけではないんだよね」
と言ってくれた。

 

 

そう、そのとおり‼

 

あー、このひとって私の良き理解者だわ〜ヽ(´∀`*)ノ感激

 

 

 

 

 

 

では。
(続き、どうしようかぁ)

 

 

 

 

 


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