ホメオパシーとアイデンティティ。その一。

 

 

さて(と、今日はいきなり本題)、
西欧のidentityと日本のidentityは違います、
Homeopathyではよくidentityに関する記載がマテリアメディカやレパートリーに登場しますが、それをそのまま日本人のクライアントに適用するのはマズイ・・・というか適用できません、
扱いには注意が必要です、
・・・ってな話を展開しようとして、いろいろ考えをまとめようとしていたんだけど、
それってメチャ大変かも、ってことに気が付き出して、
やー大変、大変だー、とぐずぐずしていても仕方ないので
(更年期なので身体も心も重くなるんですよ)、
もういいや、思いついたことを少しずつ書いていけば・・・という心境になってきました。

 

 

 

 

 

 

ちょっと話は逸れますが、
以前にSep.(セピア)について書いたblogをおとーは結構面白がってくれて、
「きちんとまとめて海外のHomeopathyの専門機関誌へ応募すれば?」と言ってくれて、
「そっかー、そういうのもあるんだー」と、なんだか楽しくなってきた。

 

自分が面白いと感じることをどうやって取り組み続けていくか
(ライフワークへの関わり方っていうのかな)、
というのは結構難しいんですよ。
Homeopathyがもっと日本で広まって欲しいかどうかというと、
私は正直どちらでもよくて(!)、
もちろん、多くの人が病から解放されたらそれはそれで嬉しいけれど、
病の数だけ治療法はあるからね。
それぞれがそれぞれの納得する形で治療を行えばいいんじゃない?
別にHomeopathyでなくってもOK(`・ω・´)b、と私は考えています。

 

こんなんだからHomeopathyの啓蒙活動が全然はかどらなくって((笑))、
じゃあ、私はHomeopathyの何が楽しくて続けているのかというと、
シンプルにHomeopathyを学ぶのが面白いっていうのもあるんだけど、
愚にもつかないこと・・・・Homeopathyを学んでいく中で生じる(特に日本人目線からの)疑問やらをあれこれ考えて、
それこそ10年越しで自分なりに解釈できたときなんか「サイコー♪」とか思っちゃうんですよ。
疲れるけれどね。

 

そんなこんなで、うまくまとまりきらないままblogに載せることをお許し下さい。
いつかもっときちんとまとめてどこに出しても恥ずかしくないようなものに仕上げたいとは考えています(更年期が終わったらね〜)。

 

 

 

 

 

 

 

話は戻ります。

 

数年前、うちら夫婦はアメリカのTVドラマの『glee』にハマっていて、そこで聴いた曲がとっても気に入った。

 

GLEE - It's Time (Full Performance) (Official Music Video)

 

 

(注;中央の二人はゲイカップル)

 

 

 

 

 

原曲はこちらのYouTubeで。

Imagine Dragons - It's Time

 

 

 

 

 

ここに出てくる歌詞で、

 

20200116 It's Time

 

I'm just the same as I was
Now don't you understand
That I'm never changing who I am

 

俺は昔の俺と同じなんだ。
今はわからないかもね
俺は俺のまま決して変わらないんだ。

 

 

 

 

 

このね、
『That I'm never changing who I am』
の部分が西欧の人たちのいうidentityなんです。
“理想とするidentityの在り方”って言い方が正しいかな。
この“who I am”、ここが大事。

 

 

で、よくHomeopathyに登場する。
『Mind – Confusion – identity, …(アイデンティティの混乱)』というのは、

 

“who I am” “who am I?”

 

になってしまうことを言うんです。
“私は誰?”どころか、勢い余っちゃって“私は何?”のニュアンスさえある。

 

 

 

 

ネットで調べるとアイデンティティーとは『同一性』という意味なんですが、
この説明でidentityを理解できる日本人は100人中1人もいないでしょうね。
で、細かく調べれば調べるほどわけわかんなくなる言葉のひとつと言えます。

 

 

 

 

 

面白いのが、
このImagine Dragons 『It's Time』の和訳をネットで調べると(ネットって本当に便利ねぇ)、
『That I'm never changing who I am』を
『僕は僕らしさを変えるつもりはないんだ』
『変わるのは自分の信念以外の部分さ』
『本当の自分は何があっても変わらない。変えるつもりもないってことが』

というように、
和訳に二ひねりも三ひねりもしていて、本来の意味からどんどん遠ざかっているという点。
(すいませんねぇ。英語できない私がこんなエラそうなこと言っちゃって・・・)

 

 

 

 

自分が自分であること、それが本来の歌詞の意味そのままであって、でもその感覚は日本人には理解しにくい。
それはなぜかというと、日本人は「無意識の本質的確信」を持っているから、と書いているのは養老孟司。
西洋人にとっては意識的な自己のみが「自己」なんだけど、日本人は別に意識していなくても「自己」を「自己」と認識&確信している・・・というのは『無思想の発見』(養老孟子著)を読めば詳しく書いてあります。

 

「変わらない私」「自己同一性」を西欧社会は求めているんです。
何故かというと、いわゆる霊魂の不滅を説く宗教が彼らのベースにあるから。
身体は死んでも魂は死なない。霊魂が不滅でないと最後の審判ができない。
だからあちらの人たちは「心と身体は全くの別物」「魂は永遠」という感覚を持っている。

 

でも、最近の歌を聴いたりすると日本のでも「私は私・・・」みたいなフレーズがよく出てくるようになって、
日本人の意識も少しずつそちらに行ってるのかもしれないけれど、根底の部分では理解しきれてないと思うよ。

 

 

 

 

 

 

 

「『自分は誰?』とか『自分とは何か?』なんて聞かれても困るよね」とおとー。
「これが好き嫌いだったら自分をうまく説明できるのにね」
「えっ?なにを言ってるの?」と私が不思議そうな顔をすると、
「だからね、『肉が好き?』と訊かれたら『好きだけど、脂身はちょっと・・・』っていう風に自分を説明できるでしょ?」
「・・・・・」
「わからない?食べ物の好き嫌いを語った方が自分を説明しやすい、ってこと」
「・・・・・・・・・・・・・」

 

 

 

 

どうしてこの人は いつも いつも いつも 食べ物の話の方へ行くわけ?

 

 

 

 

 

 

 

 

今日はここらへんで。
次回はIdentityの混乱を描いている文学作品(漫画含む)について書く予定。
(・・・あくまで予定・・・)

 

 

 

 

では。

 

 

 

 

 

 

 

 


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